結婚したくない男

せめてプライベートはのんびり暮らしたい。

細々考えてたら結局10年経ってしまった。「素早さ」はあるけれど「防御力」は低いという、好ましくない状況。

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ここ10年ほどだらだら生きてきて思ったことは

「何をするには遅いってことはないのかもしれないけれど、早めに行動した方が絶対に良い」

ということです。


だらだらといっても仕事はしているし、一応彼女もいるしそこそこ仲の良い友達も少ないながらがらもいる、みたいな状況ですけど、今はつまらない人生になりそうな予感しかしません。


人生はリセットのきかないロールプレイングゲーム


多分人生はリセットのきかないロールプレイングゲームみたいなものです。


2回目だったら絶対このようにやった、ここだけは絶対に押さえた、なんていくらでも考えが浮かびます。


が、そんなことは考えても全く意味のないことです。


とにかく死ぬまでやり直しはできず、 ひたすら前進するしかないです。




これはこうなのかもしれないとか、 こうなったらどうしようとか、いろいろ予測はすることはできます。


けれども確定的なことは何一つわからません。


結果として、行動することに恐怖を覚えるあまり、来てもいない恐怖を避けるためだけの技術を身につけて生きてきてしまいました。


年をとればとるほどリスクが取れないわけではなくて、経験が少なければ少ないほどリスクが取れず身動きが取れないだけです。


ただ惰性で生きてるだけのような、 何のために生きてるか本当にわからなくなってきます。


仕事の疲れを癒すために温泉に行く、って・・・


例えば、仕事の疲れを癒すためだけに温泉にいくのって何かおかしくないですか?


仕事で疲れるのは分かっていて、充電しに行く。みたいな感覚って普通のように思うけど結構危ういです。


本当は温泉に行きたくていくはずなのに、疲労回復や現実逃避のために温泉を使うって、何かおかしい気がします。


仕事のために生きているのか、って。

お金が必要

仕事が必要

多少イヤことでも我慢する。


生きてくためにはもちろんお金が必要で、お金を得るためには仕事をしなければいけない。


報酬を得るための「仕事」はイヤでも仕方のないこと。


収入が途絶えるのは怖くて、仕事は辞められず、たまの休みも家でダラダラして過ごす。


いつのまにか年を取って、会社に依存するその生活が当たり前になり、 当たり前を通り越してなくてはならないものになっていく。


でも本当は自分の人生になくてはならないものは会社ではなくて、 本当に自分のやりたいことだったり、会いたい人だったり、行きたい場所だったりそういうことなはず。


けれども時間だけが過ぎるにつれ、こういう考えすら自ら封印していく。


何かやりたいことはあったはずなんだけど、それどころじゃないし、もうそういうのを忘れてしまいそう。


だらだら生きてきた結果考えた「いまやれること。」


今が残りの人生で一番若くて、 だからこそ今できること今とれるリスクは積極的にとっていきたいと思っています。


急に仕事辞めたりだとか全財産寄付するとか、そんなことはできません。



けれど「自分が何をやりたかったかゆっくり考える時間をとる。」


それだけで本当小さな変化が生まれるような気がします。


リスクは避けてきたけれど、自分ではどうしようもないことで巻き込まれたりした経験は誰にでもあると思います。

例えば大好きな子に振られるとか、 受験を失敗するとか。



前に経験したことは自然に活かされているはずです。


これからも経験したくないことはきっと経験することになります。


誰かに陥れられたりとか、思いもしないことが起こったりとか。

「素早さ」=「100」「防御力」=「0」


僕の場合は、避ける技術を磨いてきたおかげで、その分耐性に不安があります。


ロープレで言うなら「素早さ」はあるけれど「防御力」は低いという、とんでもない状況です。


現実、 それをするには遅すぎるって言うことがたくさんあるけれど、もうリセットができないから、少しでも何か変えられればいいなと思います。


冒頭でも書きましたが「早めに行動すること」で悪いことは何もない気がします。


読んでくれた誰かの重い腰が、少しでも上がると嬉しいです。